ここ2週間
6月16日に夫はスエーデンに行き昨日ボストンに移動しました。
上の娘の「まや」は19日からイギリスのマンチェスターに行っています。
30日に、下の娘の「かな」が、サンフランシスコに行くので、家族がみなちりぢりになってしまいます。全員が揃うのは、7月9日にロスアンゼルスで落ち合う事になっています。
それぞれが、それぞれの経験をして、また一段と成長していくのでしょう。
9日が楽しみです。
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6月16日に夫はスエーデンに行き昨日ボストンに移動しました。
上の娘の「まや」は19日からイギリスのマンチェスターに行っています。
30日に、下の娘の「かな」が、サンフランシスコに行くので、家族がみなちりぢりになってしまいます。全員が揃うのは、7月9日にロスアンゼルスで落ち合う事になっています。
それぞれが、それぞれの経験をして、また一段と成長していくのでしょう。
9日が楽しみです。
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私が9年間の米国滞在を終えて、日本に帰国したのは85年でした。帰国時の日本はバブルが始まった所で、滞在中、ずっと三〇〇何十円であったドル円が、みるみる内にに280円になり、250円になりと円が高くなっていました。 その中、ある通訳専門学校の教師の職を見つけ、指導を始めました。 子供達はみんなとても可愛い生徒でしたが、少しずつ授業に参加する生徒がひとり、ふたりと少なくなって行きました。そこで私は経営者に、来なくなった生徒に連絡を取りたい旨を言いましたが、その返事は「1年分の授業料を納めているので、その必要なない」との事でした。若かった私は、それに疑問を抱き、自分で学校を開きたくなったのです。
そこで自転車で、ぐるぐると都内を周り、どこか良さそうな所はないか、見つけました。疲れてお寺の境内の階段に座って一休みしている時、ふっと上を見上げると、大正時代に建った古い洋館があるではありませんか。 中を覗いてみると空家でした。そこで住職さんを訪ねてみると、寺山修司さんが長くお住まいになっておられたが、お亡くなりになって今は空いているとの事。 事情を話し、そこに引っ越す事が決まりました。 ペンキ塗りをし、手書きのちらしを3000枚刷って、近所のポストに配って歩きました。 イングリッシュスタジオの誕生です。
イングリッシュスタジオはバブルも後押しをし、順調に生徒の数は増えて行きました。2年後には目黒校も開校し、私は鼻高々だったのです。 その頃の私は、たいした教育理念等なかったと言えます。そして5年の月日が経ちました。 ある日、学校に行った所、一人の小学生が授業が始まるのを待っていました。 私はいつもの様になにげなく「How are you?]と聞きました。 その子は「I'm fine , thank you.」と答えましたが、なんとなく顔が赤いのです、 ふっと気になり、おでこに手をあててみると熱いのです。 熱があったのです。 私は自分のして来た事にショックを受けました。 確かに「先生、家の子どもはとても良い発音で家で英語で歌を歌うのです。」とか、保護者の方は喜んでくれていましたが、私はいままでの役に立たない英語を暗記していたのから、ちょっとは役に立つ英会話を暗記させているに過ぎない事実を目のあたりにしたからです。
その後、私は5ヶ月間、食欲が失せ、眠れなくなりました。毎晩、「私は何の為に生まれて来たのだろうか? 何をするべきなのか?」を考え続けました。 その結果出た結論が、「子供達に英語を教えるのではなく、英語はツールとして、人間教育をしていきたい。」という気持ちでした。
それからの私は、世界の様々な教育法を研究しだしました。 そして6人の教育者とチームを組み、一番最初の探求型プログラムを作成しました。 子供達が一人の人間として、しっかりした理念を持つべきテーマを様々な角度から見て行くプログラムの誕生です。 テーマは子どもの精神年齢の発達の度合いに合わせて選択されました。 低学年の子どもは、まず自分について、家族について、地域についてなど身近なテーマから入り、そして熱帯雨林、水、コミュニケーションなどより大きなテーマに年齢と共に変わっていきます。
その結果、アートのテーマがきっかけとなって、写真をロンドン大学で専攻して今は米国の尊敬する写真家に弟子入りをしている元生徒や、海洋の学習からイルカの研究をしている元生徒など、その頃の生徒が「先生、僕の私の道を決めたのは、探求型プログラムです。」と言って社会に羽ばたいていく子供達がすでにいるようになりました。
ここのブログでは、少しずつこの探求型プログラムについて皆さんにご説明したいと思っております。 英語は単なるコミュニケーションの手段です。 英語を覚える事、学習する事から脱却して、英語をツールとして、何を学ぶのか、これを考えていく必要があるのではないでしょうか。英語が話せるからと言って、決して国際人ではないのです。もしその定義が通用するのなら、英語が母国語の人は全て国際人なってしまいます。 世界を形成する一人の人間として、自信を持って、異なる考えの人々とも手を取り合って、より素晴らしい世界を形成していく、そんな理念を持っている人が真の国際人なのではないでしょうか。
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15年前、つまり子供達の英会話の学校を開校して7年経った時、私は「英語」を教える事の限界を感じていました。 英語を教えるのではなく、英語で子供達に生きている意味を教えたい。そんな気持ちで、探求型カリキュラムの開発に夢中になっていました。そんな中、子どもに恵まれ、自分の子供の為に学校を開きたくなり、まず幼稚園、そして夫と共に小学校、中学校を立ち上げていきました。私達は、国籍も宗教も性別もへだたりなく、教科書もないそんな学校を作りたかったのです。そしてその学校、東京インターナショナルスクールは今では45カ国から360名の子どもが通う学校に成長してきました。 またそこでの探求型プログラムは、日本国内より世界で高く評価されています。その学校を、下の娘が卒業しました。イングリッシュスタジオの一教室から始まり、次は庭にプレハブを建て、次は倉庫のペンキ塗りをして引っ越し、次は社員寮、そして現在の校舎、と娘達は5カ所で学習した事になります。先週の金曜日に、外国特派員記者クラブで、卒業生と保護者を集めての講演会および食事会がありました。 子供達は、みんな揃って始めてのフォーマルウエアです。今朝、その娘がこう言いました。「ママ、今日で皆が毎日過ごす日が終わっちゃうね。 本当に寂しい。」そうですね。寂しいですね。 でもここで生まれた友情は一生続いていくのですよ。本当に卒業おめでとう!
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